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人が離れる理由はどこで決まるのか

1610 文字·4 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

学生時代に立ち上げたコミュニティが、二つとも解散しました。

一つは山形の学生が集まる場で、もう一つは学生向けのWebメディアです。 人が集まらなかったわけではありません。 最初の数ヶ月は問い合わせが来て、イベントには人が入り、記事も出ていました。

止まり始めたとき、私が疑ったのは自分の熱量でした。 発信が足りない、盛り上げ方が下手だ、と考えて、告知を増やしました。 反応は一時的に戻り、また落ちます。 この繰り返しを、二つの場で別々にやりました。

掲げた言葉と、本心のずれ
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一つ目の場では「山形をもっと面白くする」と掲げました。

正直に書くと、私は山形にそこまで愛着がありませんでした。 東京で18年暮らしてから山形の大学に入って、直接会いに行ける面白い人が周りにいないことに困っていただけです。 本心は「面白い人に出会える場をつくりたい」でした。

掲げた言葉と本心のずれは、最初は誰にも気づかれません。 参加者が地域での具体的な活動を期待し始めた頃、私は外から面白い人を呼ぶことを考えていました。 そのうち私は別の場所で面白い人と繋がり始め、活動のほうは止まりました。

このとき私は、自分が飽きたのだと思っていました。 今から見ると、飽きたのではなく、最初から自分が続けたい活動を掲げていなかっただけです。

相手ごとに言葉を変えたとき
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二つ目のWebメディアでは、別の壊れ方をしました。

新しいメンバーが来るたびに、私は説明を変えていました。 就職活動を気にしている学生には「就活に活かせる」と言い、友達を探している学生には「友達ができる」と言い、書くことに興味がある学生には「文章力が上がる」と言いました。 どれも嘘ではありません。 実際にそのどれもが起きうる場でした。

人は増えました。 そして、集まった全員が別々の期待を持っていました。

やがて場の話題は記事数とPVに寄っていき、私は「もっと書いて」と言うようになりました。 就職活動のために来た人にとって、それは約束されていない負担です。 友達を探しに来た人にとっては、なおさらでした。 誰も理念を語らなくなって、私の筆も止まりました。

退会の理由を並べてみる
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二つの失敗は、原因が違うように見えていました。 一つ目は私の飽き、二つ目は運営の下手さ、と分けて反省していたからです。

離れていった人が何を言っていたかを並べてみると、見え方が変わりました。 地域の活動を期待して入った人は、地域の活動が起きないから離れました。 就職活動のために入った人は、記事を書く負担が就職活動に見合わないから離れました。 文章を書きたくて入った人は、PVの話ばかりになったから離れました。

人は、集まった理由で去っていきます。

退会の理由は、退会の直前に生まれたものではありませんでした。 その人が入るときに私が渡した言葉の中に、最初から入っていました。

離れること自体は失敗ではない
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ここまでの話を「人を離さないようにしよう」という主張として読まれると、それは違います。

コミュニティは、入学と卒業が自由な学校のようなものです。 受け取るものを受け取った人が出ていくのは、場が機能した結果でもあります。 私が学生団体を離れたあと、残ったメンバーのほうが主体的に議論を進めていました。

失望が生まれるのは、離れるときではありません。 入口で聞いた話と中身がずれていて、そのずれが誰からも説明されないときです。 説明されないずれは、参加者の側からは裏切りに見えます。

次に始めるときに確かめること
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だから私は、募集文を書く前に確かめることが一つ増えました。

集める言葉を考えるより先に、自分がその言葉を一年後も同じ熱で言えるかどうかです。 一つ目の場で「山形をもっと面白くする」と書いた私は、半年後にはもうその文を書けなくなっていました。 書けなくなった時点で、参加者との約束だけが残ります。

キャッチーな言葉は人を集めますが、集めたあとは、掲げた本人を縛る側に回ります。