「結果が出ないかもしれない」 「嫌われるかもしれない」 「自分が必要とされなくなるかもしれない」
何かを決めるとき、こうした恐れが先に動いていることがあります。 本人は「合理的に考えた」と思っていても、実際には怖さを避けるための選択だったりする。
そのことに気づくと、少し困ります。 恐れを認めた瞬間、これまでの判断をすべて疑いたくなるからです。
恐れを消そうとしない#
以前は、恐れがあることを弱さだと思っていました。 怖がらずに動ける人のほうが、理想に近い。 そう考えて、できるだけ前向きな理由を探していました。
しかし、恐れは消そうとすると、別の言葉に置き換わるだけです。 「今は時期ではない」「もう少し準備が必要だ」と考えながら、実は失敗を避けていることがあります。
だから、まずは感情をそのまま書くことにしました。
- 結果が出なかったら、何を失うと思っているのか
- 誰に嫌われることが怖いのか
- 必要とされなくなったら、自分をどう評価するのか
答えを出すためではありません。 選択の理由を、自分に見える場所へ出すためです。
行動の裏側を見る#
内省するときは、出来事の感想だけで終わらせないようにしています。
「なぜこの選択をしたのか」と問い、そこで感じた不安や期待を、できるだけ具体的に書き出す。 そのうえで、信頼できる人に話してみる。
自分一人で考えていると、恐れを事実だと思い込みやすいからです。 他人に話すと、「それは本当に起きたことか」「起きるとして、何が困るのか」と聞き返される。
その質問で、現実と想像の境目が見えてきます。
チームでも同じことが起きる#
これは個人の成長だけの話ではありません。 チームで何かを決めるときも、表に出ている意見の下に恐れがあります。
「失敗した責任を取りたくない」 「反対したら嫌われる」 「自分が分かっていないと思われたくない」
その気持ちを隠したまま議論すると、結論だけが残り、あとで誰かに負担が偏ります。 自分の判断の理由を「私はこれが怖くて、この案を選びたい」と説明できれば、他のメンバーも支え方を考えられる。
怖さを認めることは、恐れに従うことではありません。 恐れに隠れていた選択肢を、もう一度見直すことです。
理想の自分に近づくとは、怖くない人になることではない。 怖さを抱えたままでも、自分で選んだ行動を取れるようになることだと思います。



