書きたいことはあるのに、記事の一行目を前にして止まることがある。
考えること、順序を決めること、読みやすい文章に直すことを、同時にやろうとするからだ。
私は、この三つを分けるために、まず音声メモへ話すようにしている。 ここで紹介するのは、思いつきを大量生産する方法ではない。 自分が何を試し、どこで考えを変えたかを、あとで検証できる記事にするための下ごしらえである。
1. 記事の問いだけを決めてから話す#
録音の前に、答えを出さず問いを一文で書く。
たとえば、「この作業で止まったのはなぜか」「次に同じ状況なら何を先に確認するか」といった問いでよい。 問いがないまま話すと、文字起こしは長くなっても、記事に残す判断ができない。
録音中は、結論を急がない。 起きたこと、試したこと、うまくいかなかったこと、迷った理由を順に口に出す。 言い直しや脱線も、この段階では残してよい。
ただし、運転中の録音のように安全を損なう行為はしない。 立ち止まれる場所や、注意を必要としない時間を選ぶ。
2. 文字起こしを、記事の原稿だと思わない#
音声を文字にすると、考えの勢いは残る。 その代わり、同じ話が繰り返され、主語が抜け、話題が飛ぶ。
文字起こしは完成原稿ではなく、経験の採取記録である。 私は次の四つに印を付けてから、初めて構成を考える。
- 実際に起きた事実
- そのときに置かれていた条件
- 自分がした判断と、その理由
- 次回に変えること
この区別がないと、AIは読みやすく要約できても、実際には起きていない一般論まで補ってしまいやすい。
3. AIには編集の下ごしらえを任せる#
AIに渡す役割は、文字起こしの整文ではない。 重複をまとめ、話題の候補を分け、事実と意見が混ざった箇所を見つけることだ。
たとえば、次のように依頼する。
この文字起こしから、事実・判断・未検証の仮説を分けてください。 各項目は、元の発言にない情報を補わずに箇条書きにしてください。
返ってきた整理を見ながら、記事で答える問いを一つに絞る。 二つ以上の問いが残ったら、記事を分けるか、今回は公開しない。
AIが得意なのは、散らばった材料を並べることだ。 何を言い切るか、どの失敗を残すか、誰に役立つ話なのかは書き手が決める。
4. 成果ではなく、判断が変わった地点を書く#
完成した成果だけを書くと、読者は手順をなぞれば同じ結果になるように感じる。 しかし、実際には時間、経験、人との関係、失敗を許容できる回数が違う。
私は記事にするとき、成功した方法より先に、どの条件で判断を変えたかを書くようにしている。
「作業が遅かった」では足りない。 「関係者が次に何を決めればよいかを示せず、資料を作り直した」のように、判断が変わった理由を置く。 読者は自分の条件と照らし、使える部分だけを選べる。
過程を残すことは、読者へのサービスだけではない。 自分が数か月後に同じ問題へ戻ったとき、当時の前提を思い出すための記録にもなる。
5. 公開前に、元の問いへ戻る#
公開前には、最初に書いた問いと記事の結論を並べる。
問いに答えていなければ、文章が整っていても公開しない。 逆に、答えが一つの経験にとどまるなら、その範囲を明記する。
音声メモは、書く前の抵抗を下げる道具にすぎない。 価値になるのは、話した量ではなく、経験から何を確かめ、次にどう試すかが残ることだ。
まず話す。 次に、事実と判断を分ける。 最後に、自分が責任を持てる結論だけを書き直す。
この順番にすると、考えることと整えることを混ぜずに、試行錯誤を記事へ変えられる。




