
「寝て暮らしたい」──これは決して怠惰な願望ではなく、無理なく持続可能な活動を通じて人生を面白くするための私なりの理想だ。 この記事では、その実現に繋がるビジネスモデルの在り方と、「応援される」SNS運用という少し変わった私のスタンスについてまとめていきたい。
SNSは「応援される場」として存在する#
多くの人にとってSNSは、営業やブランディング、知識の発信といった目的が中心だと思う。 でも私にとってのSNSは、少し違う。 「応援されるための場所」であり、「誰かに見守ってもらう場」でもある。
SNSを始めたきっかけと変化#
Twitterを始めたのは2017年。 大学入学前、「春から〇〇大学」のタグを使って友達を探したのがきっかけだった。 いわゆる意識高い系だったけれど、特別な行動は何もしていなかった。 とにかく、何かやりたかった。 それだけ。
フォロワーを増やしたいと思った時期ももちろんある。 でも、そういう使い方は私には合わなかった。 そこで気づいたのが、「応援される」というSNSのあり方だった。
SNSに込めている意味#
私がSNSで一番届けたいのは、「まだ諦めるな」というメッセージだ。 誰かが私の姿を見て、「私ももう少し頑張ってみようかな」と思ってくれたらそれでいい。
人生はこれから。 UVERworldの「CORE PRIDE」の歌詞、
「どうしたって 叶わない 絵空事だろうが 胸を燃やす火は誰にも消せやしない」 「まだまだ消えるな 心の火を まだ忘れたくない 胸の熱さを まだまだ消えるな 心の火を まだまだ行けるぞ 行けるぞ oh, vivid pride」
という感覚を大事にしている。 私はこの想いを持ち続けたい。
「応援される」SNS運用の実態#
「応援される」ことには、明確なメリットとデメリットがある。 これは単なる理想論ではなく、日々の実感だ。
デメリット:稼げないし、可愛げもない#
正直、「応援される」だけではお金になりにくい。 私には実績もないし、いわゆる「可愛げ」もない。 小学生のノートみたいな情報に500円払う人は少ない。 これははっきり自覚している。
応援でお金を払ってくれる人はいるかもしれないけど、情報そのものに対価を払ってもらえるわけではない。 それがこのスタイルの限界だ。
メリット:心が壊れずに挑戦を続けられる#
でも、それ以上に大きなメリットがある。 まず、誰かが必ず見てくれている。 何かを始めたとき、「いいね」と言ってくれる人がいる。 DMで感想をくれたり、広めてくれたりする人もいる。 これがものすごく支えになる。
さらに、「応援される」という関係は、私にとってメンタル的にとてもやさしい。 私はメンタルが強い方ではない。 だからこそ、金銭が絡むプレッシャーや批判を避けられるこの関係性が、自分には合っている。
応援されることで生まれる健全な関係性#
応援する人も、自分を伸ばしている。 社会人になると、お金が絡まない関係は貴重になる。 だからこそ、「頑張ってる若者を応援したい」と思ってくれる人との関係は、すごく健全でありがたい。
大事なのは、私自身が挑戦をやめないこと。 見てくれている人が飽きないように、自分の人生をちゃんと開拓していく。 それが「応援される」SNSを長く続けるために欠かせない要素だ。
寝て暮らすためのビジネスモデル#
私の理想は、寝て暮らせるようなビジネスモデル。 毎月「あと〇人!」 と叫ばなくても、お金が入ってくる状態。 これが最終ゴールだ。
「稼げる系」の限界#
「稼げる系」の人たちを否定するつもりはない。 でも、彼らは「稼ぎ続けなければならない」という強いプレッシャーにさらされている。 数字を出し続け、商品を売り続ける。 もし稼げなくなったら、どんどん言葉が空虚になっていく。
アップセルや毎月の収益報告など、やらないと維持できない構造は、どこかで疲弊するはずだ。 私はそれをやりたくない。
「黙ってても買ってくれる」仕組み#
私が目指しているのは、「黙ってても買ってくれる商品」。 宣伝はするけど、煽らない。 情報の価値をしっかり感じてもらい、自然と継続してもらえるようなサブスクが理想だ。
個人開発SaaS、noteのメンバーシップなど、そういった仕組みを通じて、最低限の努力で継続できる収益構造を作りたいと思っている。
最後に#
私がSNSでやりたいことは、何も「バズる」ことじゃない。 誰かに、「ああ、自分もまだ頑張れるかも」と思ってもらうこと。 そのために、私は挑戦を続け、自分の人生を面白くしていきたい。
収益についても、無理せず、自分らしく、「寝てても、暮らせる」ような形を探していく。 そのすべてが、今の私の活動の哲学になっている。




