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感動を拾い直すために、少し立ち止まる

·587 文字·2 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

「面白そうだ」と思って始めたものを、少し触っただけで離れてしまったことが多い。

新しいものを見つけると気持ちは動く。 ただ、いくつも同時には続けられない。 あとになって「忙しくてできなかった」と説明するのも、あまり好きではなかった。

二十代の残り時間を意識したころ、何でも始めればよいわけではないと思い始めた。 それより、自分は何に心を動かされたのかを確かめたかった。

見せる前に見る
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何かを作ると、すぐ人に見せたくなる。 反応が返ってくると安心するし、次に作る理由もできる。

承認されたい気持ちが悪いわけではない。 ただ、反応だけを急ぐと、自分がなぜそれを良いと思ったのかが残らない。

表現が豊かな人の作品に触れたとき、こんな見方があるのかと驚くことがある。 その驚きを自分の言葉で確かめる前に、次の興味へ移っていた。

感動が少なかったのではなく、拾い上げる時間を取ってこなかったのかもしれない。

成果にしない時間
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何かを始めるたびに、作品や実績まで急いで作る必要はない。

良いと思ったものを見て、どこで心が動いたのかを少し考える。 自分が表現したいことと、ただ目新しいだけだったことを分けてみる。

その作業は、すぐに成果へ変わらない。 それでも、自分の感性を他人の反応だけで測らないためには必要だと思う。

今日、何に心が動いたかを一つだけ残す。 小さな記録が重なれば、次に何を作りたいかも少し見えやすくなる。

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