noteは自由に書くものだと思っていました。 人目を気にせず、書きたいことを書く。
今でも、その考えは変わっていません。 ただ、せっかく書くなら読まれたいとも思います。
目立った実績がない人が、いきなり「自分はすごい」と書いても、読者はその人を知りません。 私自身、noteを長く続けてきましたが、書きたいことだけを書いて、うまく届かなかった経験が何度もあります。
失敗にも渡せるものがある#
うまくいかなかった活動を振り返ると、失敗しかしていないように感じることがあります。
しかし、そこで何を試したのか。 なぜうまくいかなかったのか。 次に何を変えたのか。
その経験を、まだ同じ場所にいる人へ渡せる形にすれば、失敗にも別の価値が生まれます。
成功談ほど立派でなくていい。 自分が迷った過程を、他の人が考える材料として使えるようにする。
書きたいことと役に立つこと#
書きたいことを捨てる必要はありません。 そこへ、読み手が持ち帰れるものを一つ加えればいい。
自分の経験から、判断の基準を一つ取り出す。 失敗した手順と、避けたほうがよい条件を書く。 同じ悩みを持つ人が、自分の状況と比べられるようにする。
それだけでも、文章は自分語りから少し外へ開きます。
まず一つだけ渡す#
私は、いきなり完璧に役立つ記事を書こうとは思っていません。 明日には考えが変わるかもしれない。
それでも、今までの経験から一つだけ、誰かに渡せるものを探してみる。
自由に書くことと、誰かの役に立つことは両立します。 書き手の経験を出発点にして、読み手が使える場所まで、あと少しだけ道を作ればよいのだと思います。




