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検索結果をなぞるだけで終わらないために

·850 文字·2 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

WordPressの使い方や動画編集について聞かれるたびに、少し居心地が悪かった。

私は詳しいわけではない。 分からない言葉を検索し、公式の説明や解説を読み、手を動かして確かめることが人より少し多かっただけだ。

それでも、調べた結果を持っていくと「ITができる人」に見えたらしい。 その見え方が役に立つ場面もあったが、ある問題にぶつかると急に心細くなった。

検索結果が出ない問題である。

調べれば進める仕事
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調べる習慣には、地味だが確かな効き目がある。

誰かに質問する前に、自分で試せる。 一つの言葉で見つからなければ、別の言葉へ置き換えられる。 公式の説明と個人の体験談が食い違えば、どちらが自分の状況に近いかも見比べられる。

この積み重ねのおかげで、困っている人の手元に何かを渡せたことがある。 検索して解決することを、小さく見る必要はない。

ただ、検索は選択肢を増やしてくれるだけで、選択を引き受けてはくれない。

答えのない場面で止まった
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目的をどこに置くか。 何を諦め、何を優先するか。 複数のやり方がどれもそれなりに正しく見えるとき、検索結果は最後の一手を決めてくれない。

後輩には、「目的を握ってから手段を選べばいい」と話していた。 けれど自分がその場に立つと、目的を決めることのほうが難しかった。

他社の事例を見つけ、その形を説明することはできる。 しかし、自分の条件で変えるべき部分まで考えなければ、それは借り物の答えのままである。

検索を入口にする
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当時の私は、会社に縛られず働く方法にも憧れていた。 一方で、仕事のなかで逃げられない課題を引き受けることは、検索の外側を考える練習になるとも感じていた。

調べた情報をそのまま使うのではなく、目的と制約を置いてから照らし直す。 その結果、見送る選択になることもある。

検索力だけで歳を重ねたくないという不安は、いまも完全には消えていない。 それでも、調べることをやめる理由にはならない。

見つけた答えに自分の条件を重ね、最後は自分で選ぶ。 検索は、その判断を始めるためのよい入口だと思う。

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