
7年間、noteへ自由に書いてきました。 特に直近の1年間は、読んでもらえる記事を継続して出すことに力を入れていました。
ところが、子どもが生まれ、本業と育児を続けるなかで、書く時間を維持できなくなりました。 休日に記事を書きため、予約投稿でつなぐ方法にも限界がありました。
記事数を守るために生活を崩すのは、順序が違います。 noteをやめるのではなく、頑張って更新する状態から距離を置くことにしました。
工夫では埋まらなかった時間#
発信を続けるため、いくつかの方法を試しました。
- ChatGPTへメモを渡し、草稿を整える
- 休日に複数の記事を書いて予約する
- 記事以外の学習コンテンツを作る
- SNSを見る時間を減らす
どれも一定の効果はありました。 しかし、PCを開ける時間そのものが減れば、効率化だけでは埋められません。
限られた時間を記事へ使うたび、note boosterの改善や、新しい技術の検証が後ろへずれていました。 発信したいことを作る時間より、発信を整える時間のほうが長くなっていたのです。
発信の材料へ戻る#
誰かの役に立つ情報には、少なくとも三つの生まれ方があります。
- 仕事や生活で得た経験を整理する
- プロダクトや調査を通じて、新しい結果を作る
- 最新のニュースを選び、意味を添えて届ける
私は二つ目に時間を使いたいと考えています。 個人開発や生成AIの検証を進め、その結果として得た知識を書く。 この順序なら、記事は活動の代わりではなく、活動から生まれた記録になります。
以前は、過程をすべて公開することにも価値があると思っていました。 実際、試行錯誤を読んでくれる人もいました。 ただ、過程を報告するために作業が止まるなら、公開する範囲と頻度を見直す必要があります。
記録はやめない#
書くこと自体を手放すつもりはありません。 考えたこと、試したこと、失敗した条件は短く記録します。 まとまった知見になったときに、必要な記事へ整えます。
毎週決められた本数を出すより、note boosterの利用者から届いた要望を一つ改善する。 生成AIを使った仕組みを一つ動かす。 家族と過ごし、体調を戻す。
今は、そちらを選びます。
発信を止めるのではありません。 発信するために生きる状態をやめ、生活と開発から自然に書くことが生まれる状態へ戻ります。




