何者でもない時期は、心細い。
自分から始めても、誰も見ていない。 誰かが先に進んでいるのを見ると、そこへ参加するだけでは足りない気もする。
でも、最初の人でなくても、場を前へ進めることはできます。
二番目でも踊る#
以前、ある動画を見ました。 一人の人が広場で踊り始め、最初は誰にも相手にされない。 しばらくして、別の人が加わる。 その二人目が現れたことで、周りの人も参加しやすくなっていく。
最初に踊る人は、孤独です。 だからこそ、二番目に加わる人には大きな意味があります。
会社でも、個人活動でも、SNSでも同じです。 すでに誰かが始めているなら、見ているだけではなく、できる範囲で一緒に動く。
最初の人は覚えている#
私自身、最初に活動を始めた頃に、一緒に動いてくれた人を覚えています。 フォロワーの多さではなく、まだ形になっていない時期に参加してくれたことが残る。
その人が大きな成果を出したから覚えているのではありません。 誰も確信を持てない場所で、時間を使ってくれたからです。
自分が誰かの活動に加わるときも、相手は同じように感じるのだと思います。
私は先頭で踊りたい#
誰かが火をつけ、周りが勝手に動く場面もあります。 その構造に気づかないまま、私は何度も踊る側になりました。
それでも、踊る側であることを嫌いにはなれません。 誰かが始めたことに乗り、最後まで一緒にいる。
私は、そういう人でいたい。 最初に始める人だけでなく、二番目に加わる人の力も信じたい。
何者でもないなら、合う人の近くで踊る。 その姿を見ている人が、次に加わるかもしれません。




