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踊る人の近くにいる

·660 文字·2 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

何者でもない時期は、心細い。

自分から始めても、誰も見ていない。 誰かが先に進んでいるのを見ると、そこへ参加するだけでは足りない気もする。

でも、最初の人でなくても、場を前へ進めることはできます。

二番目でも踊る
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以前、ある動画を見ました。 一人の人が広場で踊り始め、最初は誰にも相手にされない。 しばらくして、別の人が加わる。 その二人目が現れたことで、周りの人も参加しやすくなっていく。

動画を見る

最初に踊る人は、孤独です。 だからこそ、二番目に加わる人には大きな意味があります。

会社でも、個人活動でも、SNSでも同じです。 すでに誰かが始めているなら、見ているだけではなく、できる範囲で一緒に動く。

最初の人は覚えている
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私自身、最初に活動を始めた頃に、一緒に動いてくれた人を覚えています。 フォロワーの多さではなく、まだ形になっていない時期に参加してくれたことが残る。

その人が大きな成果を出したから覚えているのではありません。 誰も確信を持てない場所で、時間を使ってくれたからです。

自分が誰かの活動に加わるときも、相手は同じように感じるのだと思います。

私は先頭で踊りたい
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誰かが火をつけ、周りが勝手に動く場面もあります。 その構造に気づかないまま、私は何度も踊る側になりました。

それでも、踊る側であることを嫌いにはなれません。 誰かが始めたことに乗り、最後まで一緒にいる。

私は、そういう人でいたい。 最初に始める人だけでなく、二番目に加わる人の力も信じたい。

何者でもないなら、合う人の近くで踊る。 その姿を見ている人が、次に加わるかもしれません。

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