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自分がIT業界に興味を持ってからやってきたことを棚卸してみる

·4326 文字·9 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。
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こんにちは。 ベトナムのIT企業でPMやPMOとして働いて2年半になる私です。 最近は「生成AIスペシャリスト」みたいな呼び方でお客様に紹介されることもありますが、もともとは「なんとなくエンジニアになりたい」と思っては挫折を繰り返していました。

「え、エンジニアに本当になるんじゃなかったの? 」 「そもそもどうしてベトナムでPMやっているの? 」

そんなふうに、昔の私が今の私を見たら「なんで上手くいっているのかわからない!」 と驚くと思います。 それくらい、自分でも「不思議なほど理想に近い状態」にいるんです。 でもその経緯を、記憶が新しいうちに残しておかないと本当にもったいない。 そんな気持ちから、キャリアの足取りをあらためて振り返ってみることにしました。

「もともとPCに触れる機会が多かった」「何度もプログラミングを勉強しては挫折した」「大学では研究を通じてPythonをガッツリ学んだ」…… この記事では、そんな私の“長い回り道”をすべて包み隠さずお話しします。 最後まで読んでいただければ、きっと「回り道でも無駄にはならない」ということが伝わると思います。

幼少期からPCに囲まれていた私
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私がPCに興味を持ち始めたのは、とても小さい頃からでした。 今思えば恵まれた環境だったと感じます。

  • 当時、家には黄緑色のプラスチック筐体の古いMacBookや、デスクトップ版のiMacがあって、4歳ごろから触っていた。
  • 8歳くらいには祖母のお下がりのWindows(多分98)を自分のPCとして譲ってもらったこともあった(でも起動が遅すぎてあまり使わずに回収された)。

とはいえ、その頃の私は「PCが家にあるのが当たり前」と思っていただけで、活用方法を深く追求したわけではありません。 サッカーや勉強、塾に打ち込む日々で、PCにガッツリのめり込む時間もなかったんです。

でも漠然と「将来はエンジニアになるのかな?」 と思っていました。 正直、検索が得意くらいしか取り柄がなかったし、なんとなく「PC=エンジニアっぽい」という響きだけでそう考えていただけなのですが…。

小学生でのHTML挫折体験
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実は、小学3〜4年生くらいの頃、一度だけ「ホームページを作りたい!」 と挑戦したことがあります。 Windowsのメモ帳を開いてHTMLらしきものを書いてみたんです。 でも……

  1. 当時は初心者向けの情報がまとまっていなくて、やり方を検索してもよくわからない。
  2. ローカルでHTMLをブラウザ表示しようとしてみたが、どうやって世界中の人が見られるように公開するのかが分からない。

結局「世界中の人ってどうやってこのサイト見つけるんだろう?」 で詰まってしまい、そのまま放置。 以来、プログラミングにちょっと苦手意識を持ってしまったのを覚えています。

大学生になって再びトライするも…
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サッカーから離れ、勉強からも(?) 離れて「何かやりたいな」と思った大学生の私。 まずは小学生時代の続きとして「HTMLやCSSの分厚い本」を買ってみたのですが、最初から読もうとして挫折しました。

当時の私は、よくある「やればできるはず」というプライドだけは高いタイプ。

  • 「アプリ作るくらい余裕!」と根拠なく思い込んではSwiftの本を買う。
  • でもXcodeをインストールしてPlaygroundsを開いただけで挫折する。

そんなことを繰り返しては落ち込んで、でも自分を認めたくなくて…。 今振り返ると、本当に遠回りをしていましたね。

WordPressとLPをやってみた
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ブログをWordPressへ移行
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それでも「何か形にしてみたい」と思い、元々hatena blogで書いていたブログをWordPressに移行。 ドメインやサーバーを契約し、無料のテーマを探したり、ネットのCSSをコピペしてちょっといじったり、カスタムPHPを書いてみたりしました。

その頃、Twitterでは「WordPressとLPで稼げる!」 「バンコクでノマドフリーランス!」 といった情報商材が盛り上がっていて、私もそんな雰囲気に影響を受けました。

大学の先輩からの案件
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メディア運営で起業経験のある大学の先輩に「WordPressのテーマを自作で開発できるようになったら案件紹介するよ」と言われ、モチベーションがさらにアップ。 ProgateでHTML・CSS・JavaScriptを心が折れそうになりながらもコツコツ学び、何度挫折してもまた数ヶ月後にリトライして…を繰り返していました。 JavaScriptはバージョンが変わるたびに「何が変わったの!?」と混乱しながらも頑張っていた記憶があります。

実務経験のようなもの
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大学生の時、自分が所属する学生団体でWebメディアを立ち上げたり、別のインターン先でもWordPressを使った新規サービスやサブスクリプション型のサービスを立ち上げたりと、気づけば“なんちゃって実務”が増えていきました。

  • サブスクサービスでは外部決済ツールを使い、運用や顧客対応をほぼ1人で担当。
  • 同時に2〜3の新規サービスを立ち上げることにもなり、数日でLPを作ってリリース。

今考えるととても大変な状態でしたが、「なんでもやるしかない!」 と奮闘していたので、WordPressのカスタマイズや3rdパーティ製ツールとの連携にはかなり慣れました。

ただ、GAS(Google Apps Script)など少しコードが絡むものは苦手で、SNSでは「WordPressは扱いにくい」 みたいな炎上を見たりすると「Webシステムってどうやって本格的に作るの?」 と不安にかられるように。 Rubyやら何やら言葉だけは聞くけど、何から手を付ければいいのかわからない。 そんなモヤモヤがあって、「本質を理解できてないんじゃないか」と感じていました。

プログラミングスクールに通う決意
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そこで「このままだと初心者のまま、技術の本質を理解できない!」 と思い、当時Twitterでよく見かけていて胡散臭さのない「sunabaco」というプログラミングスクールに参加することに。

  • クラサバの概念
  • アジャイル開発
  • 見積もりや計画の立て方
  • GitHubを使ったチーム開発
  • 2ヶ月で卒業制作

実践的な内容で勉強になりましたが、座学で教わるAPIのGET/POST/DELETEといったメソッドの意味などは「わかった“つもり”」のまま進んでしまった面もありました。 それでも少しずつ“開発の流れ”を感じ取れたのは大きな進歩でした。

卒業研究でバックエンドを本格的に触れる
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大学4年生になり研究室に配属されると、教授が持ってきたテーマが「山形方言の音声認識」。 ただ、なかなかうまく精度を上げられず、次は「山形方言の機械翻訳」をやってみようという話に。

Pythonとの出会い
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そこでPythonでの開発が必要になったのですが、Flaskを少しかじっただけで意味不明。 でも「できないのは悔しい!」 と一念発起し、Pythonの勉強に2ヶ月ほど没頭。 PaizaでPythonの上位Aランクを取得するまでやり込みました。

  • RecursionCSというコンピュータサイエンスを網羅的に学べる有料サイトでも勉強。
  • 自然言語処理の本を教授に買ってもらい、山形方言→標準語翻訳用の辞書コーパスをコツコツ作成。

同じ大学の同期でデータサイエンス学科の友人にコードレビューを依頼しながら、苦労して年明けにようやくソースコードを完成させました。 こうしてバックエンドのコードにどっぷり触れたおかげで、フロントエンドとの役割分担がはっきり理解できるようになったのは大きな収穫でした。

新人研修で仮の社内ツールを自作
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大学卒業後、ベトナムの日系IT企業に入社すると、特別な新人研修プログラムとして「仮の社内ツール開発」が課されました。

  • 上司にヒアリングをして要件定義
  • ReactとNode.jsを学び、物理サーバーにUbuntuをインストールしてFE/BE/DBを構築
  • AWSの無料枠でサーバーを建て、サーバーレスでAPI開発

最終発表直前は徹夜に近い状態でコードを書き続けましたが(笑)、ここまでしてようやく「全体像を網羅した」と実感できたんです。

そして、なぜかベトナムでPMに
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入社当初は「エンジニアとしてキャリアをスタートさせたい」と思っていましたが、オフショア開発の現場では「日本人がコードを書くのは人件費が高い」という事情もあり、PMやPMOをやることに。 実際、「エンジニアを目指す?」 と聞かれた面接のときに「たぶんPMになると思うけどいい?」 みたいなやり取りがあったんです。

結果的に、趣味でコードを書き続けているおかげでテックリードのエンジニアともディスカッションができ、ブリッジSE(日本側とベトナム側をつなぐ役割)としても要件定義やフィードバックがしやすいという強みが活きています。 いまは「生成AIわかってる人枠」としてお客様に紹介されることもあり、なんとかやっていけています。

振り返ると
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2017年に分厚いHTML/CSS/JSの本を買って「自分には無理かも」と挫折してから数年。 気づけば、ベトナムのIT企業でPMとして働き、社内では「生成AI専門家」みたいに扱ってもらえるまでに至りました。

  • 何度も挫折しながら、いろいろなツールや開発を経験
  • 大学の卒業研究でPythonや自然言語処理に触れたからこそ、AIブームに対応できた
  • オフショアで働く日本人のエンジニア上がりのPMとも対等にディスカッションできる

回り道をした分だけ、身についたものは大きかったと感じています。

まとめ
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未経験で「やればできる」と思い込んでいた18歳の私が、7年間がむしゃらにいろいろ挑戦してきた結果、いまでは「ベトナムでオフショア開発のPM」として働くまでになりました。 もちろんまだまだペーペーなので、浮かれず愚直にやるべきことをやりたいと思っていますが、回り道で得た経験は決して無駄ではなかったと確信しています。

「エンジニアを目指していたはずが、いつの間にか違う道を歩んでいた」 でも、その道も案外悪くない。 むしろ、遠回りだからこそ得られた知識や経験がある。 そんなふうに思えるようになりました。

もし、プログラミングで挫折を感じている方がいたら、私のようにいろいろな角度からアプローチしてみてください。 きっと、どこかで「不思議と理想に近い状態」にたどり着くかもしれません。

ちゃんちゃん。


今後は、さらに詳しい「実際に私がPMとしてどんなことをしているのか」「生成AIスペシャリストとしてどう社内外に貢献しているのか」など、もう少し踏み込んだお話を書いてみたいと思います。 お楽しみに!

↓次回作

https://tnihei.com/posts/nc389dcae48ec/

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