
朝起きて、脳内タスクボードはすでに満席だ。 新しく試したい技術、書きかけのnote記事、積ん読の本、仕事、普通に仕事、案件のタスク、運動、散歩、英語の音読。全部「今日やりたい!」 と叫んでいる。 多動症気質のわたしは、その声を全部拾い上げてしまうから、日が暮れるころには手つかずの TODO が山のように残る。 達成感ゼロ、自己嫌悪フルスロットル。
そこで毎度やる儀式がある。 ノートを開き、本業も趣味もごちゃ混ぜに“今やっていること”を全部書き殴る。 リスト化すると、タスクは「やりたい理由」と「やらなくて困る度」が見えてくる。 深呼吸して線を引く。3つだけ残す。 残りは“後でやる箱”へ。 あとで見返せば半分は興味が消えているから面白い。
それでも「3つ」に絞れない日は、まあいいか、と諦める。 すると数日後、またメンタルがザワついて同じノートを開く。 繰り返すうちに、“本当に抱え続けたいテーマ”と“一瞬の衝動”の違いが身体でわかるようになる。 不思議な訓練だ。
ジャーナリングは深海ダイビングみたいなもの。 潜っていくほど光が減り、代わりに静けさと本心が浮かび上がる。 「なぜこんなに焦る?」 「誰の期待を背負ってる?」 。問いを投げ、書き殴り、黙る。 答えらしきものを掴んで浮上しても、日常の波にのまれて忘れる。 でもまた潜ればいい。
やがてメンタルが重くなったときは、言い訳を片っ端から列挙する。 「時間がない」「スキルが足りない」「家族が反対する」。書けば書くほど、すべてが“○○さえ整えばやりたい”の裏返しだと気づく。 だったら迂回路を探せばいい。 時間がないなら15分スプリント、スキルが足りないならチュートリアル一本、家族には成果を小出しに報告。
結局わたしは、言い訳駆動エンジンで前に進んでいるらしい。 タスクを削り、言い訳を分解し、最小単位の行動に変換する。
今日もまたノートを開き、3つに丸を付け、深呼吸してキーボードを叩く。 進み方は遅くても、言い訳を燃料にしたエンジンは止まらない。
そして夜、完了のチェックマークを眺めながら思う。 。まぁ、明日もきっとやりすぎるだろう。 でも、同じやり方でまた立て直せる。
それならきっと、大丈夫。




