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本題#
最近、あることに気づきました。 自分が持っている強い主張や思想をSNSや一般的な場に発信しようとすると、どうしても言葉が強すぎてしまうため、少しマイルドに言い換えることが多いのです。 そして、さらに多くの人に伝わりやすいように、もう一段階マイルドに調整してもらうこともあります。
その結果、気がついたことがあります。 それは、自分の強烈な主張や考えをマイルドに、さらにもう一段階マイルドにすると、最終的には非常に一般的で誰でも言えるようなことになってしまう、ということです。
この経験から、SNSでよく見かける自己啓発系の投稿や本の内容が、なぜ多くの場合どこかで聞いたことがあるような似た内容になってしまうのか、という疑問が解けました。 SNSや自己啓発書で多くの人に届けるには、どうしても内容を大衆向けにマイルド化する必要があり、その過程で本来の強烈な主張が薄まり、一般的な内容になってしまうのだと理解しました。
このような一般的な内容というのは、当然ながら幅広い層に受け入れられやすく、結果として多くの人に共感されやすくなります。 特定の個人が持つ独特で尖った主張よりも、誰もが共感できる普遍的でマイルドな内容の方がSNSでは広がりやすいのです。
最初の自分の強烈な主張は、確かに一部の人には深く刺さり、強烈な共感を呼ぶこともあります。 しかし、一般的な人々にとっては、言葉が強すぎたり尖りすぎていて共感しにくいという面もあります。 そのため、広く多くの人に届けるためには、どうしても言葉や表現をマイルドにする必要があります。
一方、そうやってマイルドに調整した結果、確かに多くの人に理解されやすくなりますが、元の強烈な思想や独自の主張というものは、どこか薄れてしまうことにもなります。 このジレンマがSNSや自己啓発系コンテンツの特徴なのかもしれません。
結局、多くの人が求めているものは、特別に尖った主張や革新的なアイデアよりも、自分たちの生活や感情に寄り添う一般的でマイルドなアドバイスなのだということを感じます。 だからこそ、SNSで成功を収めている多くのインフルエンサーや人気のある書籍は、しばしば似たような一般論や共通点を持つのかもしれません。
しかし、これは決して悪いことではありません。 なぜなら、多くの人々が日常の中で迷いや不安を感じている時、必要なのは新奇なアイデアよりもむしろ安心感や共感できる内容だからです。 SNSや自己啓発系のコンテンツが提供する安心感や共感は、現代社会においてとても重要な役割を果たしているのだと思います。
私自身、元々持っている強い主張や尖った考え方を、そのまま発信したいという気持ちはありますが、伝える相手や状況を考えると、マイルドに調整することが必要になることも理解しています。 そのバランスを上手に取れるようになった時、初めて本当の意味で多くの人に響く発信ができるのかもしれません。
この経験を通じて、SNSや情報発信におけるコミュニケーションの本質を改めて考えることができました。 これからも自分自身の思想や考え方を大切にしつつも、多くの人に届くように、言葉の選び方や表現方法を工夫していきたいと思います。
( gptに書いてもらいましたが私はこの内容に合意しています)
この記事は元々この主張をマイルドにしたものだった#
あまりにも思想が滲み出ていて、かなり言い方に棘があるため、公開後、気持ちが落ち着いてきて非公開にした内容を公開します。 しかし有料部分でさえも、元の主張をかなりマイルドにしたものになります。
↓現在はかなりマイルドなので、これを読んでから読むと、wowって思う度が上がると思います笑
https://tnihei.com/posts/ne336f2db45db/
インターネットで情報発信をして稼ぎたい。そう考える人はたくさんいる。 そして、多くの人がSNSを伸ばし、バズらせる方法を探し回っている。
しかし、SNSのためにSNSをやるというのは、私に言わせればまったくの逆効果だ。 SNSでのフォロワー獲得のためにリプライを量産したり、ウケるネタツイートをひたすら投稿し続けたりすることは、はっきり言ってコスパが悪すぎる。 長期的に見て、このやり方で成果が出る人は限られる。
なぜなら、SNS上の発信というものは本質的に「実世界での実績を薄めて出したもの」こそが、もっとも人々の心を動かすからだ。
これは私自身の経験に基づく確信だ。
noteで稼ぐためにX(旧Twitter)を伸ばす。 そのXを伸ばすために必死でリプライを送る、投稿を考える……。 これをやるくらいなら、絶対に本を書いたほうがいい。 なぜなら、本を書く過程で、自分の経験や思考を徹底的に掘り下げることになるからだ。
まず、本を書け。 今までの人生で自分が成し遂げたこと、死ぬほど努力して得た知見、誰にも真似できない経験を、最低でも10万字を目指して書き上げろ。 その本を通じて得られた深い思想や考えを、AIにすべて読み込ませておけ。 そこから、ツイートを自動生成させる。 noteの記事のテーマをAIが補完してくれるようにする。
これこそが、もっとも効率的で本質的なSNS活用法だと私は考える。
家にこもって薄っぺらなツイートを量産しても、本質的に人の心に響くことはない。 そうした小手先のテクニックで得られるのは、一時的な共感や表面的な人気だけだ。
実社会で本当に結果を出し、誰よりも深く考え抜いたことだけが、強く人を惹きつけるコンテンツになるのだ。
私がSNSを必死にやらなくなった理由もこれだ。 私はSNSで無理に稼ごうとして心を殺すような生活を送りたくはない。 実社会でリアルな成果を出すことが最も重要だからだ。
私自身、まだ誰かに誇れるほど華々しい実績があるわけではない。 しかし、自信をもって言えることがある。 それは、誰よりも熱狂して取り組んだ経験があるということだ。 誰よりも必死に考え、何度も壁にぶつかり、それでも諦めずに立ち向かってきた経験があるということだ。
私がSNSに投稿するときは、その濃密な経験をほんの少し薄めて出しているだけだ。 だからこそ、何も考えなくても、自然と無限に言葉が出てくる。 AIの支援があればなおさら簡単に、多彩に発信ができる。
世の中には、同業者同士がつるんで、互いに持ち上げ合っている人も多い。 それを見て価値があると思う人もいるだろうが、私には理解できない。 なぜなら、実社会で本当に価値ある情報というものは、自分が死ぬほど努力し、実践した経験からしか生まれないと思っているからだ。
実際にオンラインで継続的な成果を出している人は、決して大々的にアピールしないが、必ず現実世界での成功体験がある。 実社会で結果を出すために誰よりも必死に努力し、その中で本物の知識を得ている。
たとえ、それが誰にも買ってもらえない内容であったとしても構わない。 もしあなたがSNSで表面的な人気や稼ぎを追求するのではなく、実社会での成果を大切にしたいと思うならば、それを選べばいい。
そして、もっともっと努力しろ。 もっと鬼努力をして、リアルな成果を上げろ。 一部の熱狂的なファンがつくような本物の実績を作り上げろ。 そのファンがつけば、あとは鼻くそをほじりながら呟いたツイートすらありがたがってもらえるようになる。 そこまでいけば、メンバーシップでもやればいい。
私は、SNS上の薄っぺらい企画で心を殺してまで稼ごうとは思わない。 私は実社会で結果を出すことを何より大切にする。 実績を積み、業界での知名度を得て、お客さんから直接指名で仕事を受注できるようになる。 これこそが、私が追い求めるべき本当の成功だ。
26歳の私が、いま一時的にSNSで薄っぺらな情報を量産して小銭を稼げたとしても、一生それを続けたいとはまったく思わない。 私が求めているのは、実社会における確かな実績であり、それを通じて生まれるリアルな評価だ。
最近ようやくその歯車が動き始めている。
私はベトナムの日系企業で、新卒ながらAIに関するセミナーを2回開催した経験がある。 大学時代からの繋がりで顧客から直接指名される仕事も複数経験してきた。 大企業のスマホアプリの中核をなすAI機能の仕様を自分が提案し、そのプロジェクトを推進している。
私の目指す道は、こういったリアルな成果をもっともっと積み重ねることだ。 その過程で得た濃密な学びを、後から少しずつ薄めてSNSに流せばいいだけだ。
稼げないかもしれない。 何度失敗しても、私は諦めない。 何度でも、実社会で結果を出し、AIを駆使したプロダクトを世に送り出す。 市場に出して売れなくても、また次をやればいい。
これが、私が選んだ道だ。
SNSの一時的な人気よりも、実世界で誰よりも深く考え抜き、誰よりも努力して成果を上げる。 これが、私がSNSの発信で目指す、本当にコスパのいい、最も価値のある方法だ。
だからこそ、今SNSの画面を閉じ、リアルな世界に踏み出せ。 そこで得た経験を本にして、発信に変えていけ。 それこそが、あなたが本当にやるべきことだ。




