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noteへの向き合い方を変えた

·741 文字·2 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

noteを書きたい。 でも、何を書けばいいのか分からない。

そう思いながらSNSを見ていると、「バズる書き方」や「フォロワーを増やす方法」が目に入ります。 書き始める前に、発信の技術を探してしまう。

けれど、noteを書くこと自体が目的になっていないでしょうか。

先に人生を生きる
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私が書きたいのは、何もない場所から作ったテーマではありません。 仕事で試したこと、個人開発で失敗したこと、人と関わって考えが変わったこと。

そうした日々の過程で、ふと心が動いた瞬間を残したい。

だから、noteのために生活を作る順番には違和感があります。 まず自分の力を注げることに取り組む。 失敗して、やり直して、人と話す。 そのあとに、書きたいものが出てきたら書く。

文章の材料は、記事の中ではなく生活の中にあります。

言葉が出てくるまで待つ
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何かが言葉になりたがる瞬間があります。 怒りでも、嬉しさでも、失敗の悔しさでもいい。

そのときは、見出しや目次を先に整えません。 まず、何に反応したのかをそのまま書きます。

構成や表現を整えるのは後でいい。 最初から読者に届く形を作ろうとすると、書き手自身の感情まで薄くなるからです。

発信は人生の副産物
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反応や収益を目的にしない、と言い切るつもりはありません。 読まれれば嬉しいし、収益につながれば助かります。

ただ、それらを先に置くと、何を書けば反応されるかだけを考えるようになります。 自分が何を経験し、何に心を動かされたのかを見失ってしまう。

noteは、人生の代わりにはなりません。 自分が真剣に取り組んだことの一部を、あとから記録する場所です。

何を書けばいいか迷ったときは、発信の方法ではなく、最近何に夢中になり、何に困り、何が変わったのかを思い出したい。

そこに、書くべきものがあります。

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