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読者への価値は後、とにかく気の済むまで書く

·826 文字·2 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

以前読んだ投稿の意味を、数か月後にようやく理解できたことがあります。

同じ文章なのに、読む時期が変わると見えるものが変わる。 自分の経験が増えたから、言葉の置かれていた場所まで想像できるようになったのだと思います。

その頃の私は、「読者に価値を届けなければ」と考えすぎていました。 役に立つことを書こうとするほど、自分が何を書きたいのか分からなくなる。

そこで、いったん読者のことを考えずに書くことにしました。

まず自分の欲求を満たす
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数か月のあいだ、言いたいことを書きました。 SNSで人と絡み、炎上に触れ、個人開発を続け、ユーザーから反応をもらいました。

その過程で、自分のなかにあった「書きたい」「つながりたい」「認められたい」という欲求が、少しずつ満たされていきました。

すると今度は、誰かの役に立つ文章を書きたくなった。

最初から社会に貢献しようとしていたときには、出てこなかった気持ちです。

書けない自分を責めない
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今、何を書けばよいか分からない人がいます。 自分語りになってしまう人もいます。 読まれなくて寂しい人もいます。

その状態で「読者のために書こう」と言われても、手は動きません。 まず自分が言いたいことを書き、書いたことで何が満たされるのかを確かめる段階も必要です。

もちろん、人はいつも同じ欲求の段階にいるわけではありません。 状況や相手によって、承認が欲しい日もあれば、誰かを助けたい日もある。

だから、今の自分を「まだ自己実現できていない」と責めなくていい。

価値は後から生まれる
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自分のために書いた文章が、すぐ誰かの役に立つとは限りません。 しかし、自分の中に残っていたものを出し切ったあとで、読み手の視点を持てるようになることがあります。

私にとっては、書きたいものを書き切ることが、読者へ向かう準備になりました。

読者への価値を最初から完成させなくてもいい。 まず自分の心を満たし、そのあとで、同じ場所にいる人へ言葉を渡す。

その順番のほうが、文章は長く続きます。

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