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日本人が日本人というだけで高給取りになってしまっていたベトナムオフショア開発業界、新卒から5年目の悩みを書いてみる

·2453 文字·5 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

新卒でホーチミンのオフショア開発会社に入って、5年目になりました。

ここ数週間、かなり悩んでいて、いろんな人に相談に乗ってもらっていました。 同期、同じく新卒で入った先輩、上長、それから大ボスまで。 勤務時間中に突撃したこともあれば、夜ごはんに付き合ってもらったこともあります。

みなさん、本当にありがとうございました。 おかげで、頭の中にあった靄が、少しだけ言葉の形になりました。

その言葉を、いまのうちに残しておきます。

何に悩んでいたのか
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並べてみると、五つありました。

  1. これから、わざわざベトナムに開発を発注する会社はどのくらいあるのだろうか
  2. 小規模案件を得意としてきた会社に、その小規模案件は今後も届くのだろうか
  3. この5年、自分は間に立って調整していただけではないか。何が身についたのだろうか
  4. ドメイン知識が重要だと言われるなかで、自分が積んできた「調整のドメイン」は、どこで効くのだろうか
  5. 一つのことを毎日突き詰めて考えてみたい。複数案件を並行していると、切り替えのコストで常に頭に靄がかかっている感覚がある

1と2は、正直に言えば自分ひとりで答えを出せる問いではありません。 会社としてはすでに手が打たれている領域でもあり、自分もその中にいる人間です。 それでも、自分の足元がどういう構造の上に乗っているのかを知らないまま5年目を迎えるのは、落ち着かないものでした。

気になっていたのは、3と4のほうです。

レビューされる側に、なりたい
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新卒でベトナムに来るというのは、いきなり管理側の処遇から始まるということです。 それは頭ではわかっていました。 日本で同じ年次の人が積む経験とは、そもそも積み方が違います。 相応の給与をもらう以上、レビューする側として機能しなければいけない。 それも、わかっているつもりでした。

ただ、個人のレベルまで降りてくると、話が変わります。

自分だって成長したい。 レビューする側ではなく、レビューされる側になりたい。

そういう欲望が、遠くからこちらをチラ見してくるのです。 しかもだんだん近づいてきます。 無視していたのに、いつのまにか隣に座っています。

困ったのは、大学を出たときの自分と比べて、何が身について、何がそのままで、これから何をしなければいけないのか、自分でうまく説明できないことでした。 給料と処遇は先に上がっています。 でも、それに対応する中身が自分の中にあるのかどうか、自覚が持てません。

たぶん、この非対称が一番きつかったのだと思います。

営業の席に座ってみたら、楽しかった
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ここ最近はPMのアサイン率が低く、営業部の席に座らせてもらっていました。

社内に散らばっていたCRMのデータを整理したり、技術記事を書いたり、メルマガを作ったり。 手をつけられていなかったものを、片っ端から触りました。 これが、気分転換もあってとても楽しかったです。

楽しいのはいいことです。 ただ、楽しいことが、そのまま良いこととは限りません。

PMとしてキャリアを始めて、少しマーケティング寄りのことをやってみて、面白くなっています。 それは、この先のキャリアにとって、スキルにとって、成長にとって、どういう意味を持つのでしょうか。 楽しさは、いま自分が正しい方向を向いている証拠にはなりません。

しかも、うすうす気づいていることがあります。

いま少し褒めてもらえているのは、学生時代に触っていたWebマーケティングの基礎知識を、手つかずだった場所に当てているからです。 つまり、元々ちょっとできたことを使っています。 学生の頃に意識高く動きすぎた結果として手に入れてしまった「How to」の部分が効いていて、初速がいい。 それだけかもしれません。

これで、いいのでしょうか。

「How to はもう十分」なのだとしたら
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そこから、ひとつの怖い問いが出てきました。

社会で身につけるべきスキルのうち、How to の部分は、自分にはもう新しく学ぶことがほとんどないのではないか。 あとは、交渉すること、人と関わること、マネジメントすること。 残っているのはそれだけなのだろうか。

自分が知っている程度の小手先のテクニックで、本当に十分なのでしょうか。

こう書いていて、自分でも思います。 傲慢な問いだな、と。

正解があると思い込んでいる
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上司からはよく言われます。 物事に正解があると思い込んでいる、と。

これは、たぶん当たっています。

なぜ当たっているのかを考えてみると、こういうことでした。 自分は、自分のことを「大学生レベルの小手先のテクニックをちょっと知っているだけの人間」だと思っています。 だからこそ、その上に、もっと本質的な、一段上の知見のようなものがあるはずだと信じています。 そして、それを学びたいと思っています。

その「一段上の何か」を、自分は正解と呼んでいたのだと思います。

でも、実際に周りを見て、話を聞いて、思うのです。 小手先の話はもうどうでもよくて、交渉やコミュニケーションのような、組織の中で人と仕事を動かす部分こそが重要なのかもしれません。 社会人として、組織の人として、大事なのはそちらなのかもしれません。

それだけなんだろうか、とも、まだ思っています。

それなら、次に目指すのはそこ
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ただ、仮にそうなのだとしたら、次に目指す場所ははっきりします。

自分がやりたいことを、どう上手く立ち回って押し通し、やりきるか。

書いていて、順番が違うことに気づきました。 上手く立ち回るかどうかは、後の話です。

重要なのは、やり切るかどうか。

この混沌とした世の中に、誰にでも当てはまる正解はありません。 だから、とにかくやってみるしかない。 現状を変えたいなら、必要だと思うことに全力で取り組むしかない。 毎日、目の前が少しずつでも良くなるように、前に進むしかありません。

5年目の自分が出せた答えは、いまのところ、これだけです。

同じような場所で、同じような靄の中にいる人がいたら、この文章が「自分だけじゃなかった」と思う材料になれば嬉しいです。 答えを持っている人がいたら、ぜひ教えてください。

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