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アウトプットは筋肉なので、離れたぶんだけ落ちていました

·1167 文字·3 分
mota
著者
mota
AI開発、個人開発、ベトナムでの仕事と暮らしについて書いています。

最近、会社で過去のナレッジを掘り返しながら、ホワイトペーパーや技術記事をひたすら書いています。 書けてはいます。 ただ、一本を出し切るまでにかかる時間が、自分の記憶にある速さと合いません。

アウトプットは筋肉だと思っています。 使えば付き、使わなければ落ちる。 その感覚は6年前に得たもので、いまは落ちたほうを実感しているところです。

ライターが書けるようになるまでは、自分が書くしかありませんでした
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6年前、大学生のときに友人と起業して、ローカルに特化したwebメディアを回していました。 記事がなければメディアは成り立たないので、とにかく本数が必要でした。 ライターが確保できるまで、というより、ライターのインターンが記事を安定して書けるようになるまでは、組織開発と並行して自分が毎日書いていました。 うまい書き方を持っていたわけではなく、根性で書いていました。

なつかしい、と書けるくらいには遠い話になりました。 ただ、あのときの「毎日書ける状態」がどうやって成立していたのかは、当時ほとんど考えていませんでした。 毎日書かないと終わるから書いている、で説明が付いていたからです。

締切の圧は当時より弱いのに、当時より遅い
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いまの会社では、あのころほど厳しいKPIを課されているわけではありません。 それでも安定してアウトプットを出したいので、自分から本数を積みにいっています。

圧が弱いのに遅い、というのが最初に引っかかったところでした。 量のプレッシャーが筋力を作っていたのなら、圧が弱まったぶんだけ遅くなるのは筋が通ります。 ただ、いま実際にやっていることを並べてみると、書いている時間はそのうちの一部でした。

ネタを集める。 インプットする。 種をまく。 そのうえで、何をアウトプットするかを考え続けて、手も動かし続ける。

毎日書けていた時期に回っていたのは、この手前の部分だったのだろうと考えています。 書く行為は、その回路の出口でした。 出口だけを鍛え直そうとしても、材料が届かなければ止まります。

落ちることを認めて、書く場を増やしています
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そう考えると、いま増やすべきなのは会社のアウトプットだけではなさそうです。 自分のブログでも何でも、外に出す場を持つこと自体が筋力につながると考えて、こちらも動かしています。 書くまでの手順を軽くする作業は、消えていたのは書く欲ではなく、書くまでの通り道でした に書いたとおり先に済ませました。 場と手順は用意できたので、あとは回す回数の話になります。

6年前に毎日やっていたことでも、しばらく離れれば落ちます。 落ちたものは、気合いではなく、頭をまたそちら側へ切り替えることでしか戻らないと感じています。 切り替えの途中なので、当時の速さはまだ出ていません。

この記事も、その一本です。 書き上げるまでにかかった時間は、正直まだ長いです。

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